モーニング

漂泊する上でいま居る場所から次の会場までの距離を考えるのはとても大事なことだ。

 

予定通りの時間に演奏を行うためには距離や移動手段、その他列車の運行状況などたくさんのことを考えなければいけない。

 

また、自分の体力も考慮することのひとつだ。

 

それは旅行でも同じことだろう。

 

4ヶ月出ずっぱりという長い期間、もちろんすべてを把握することなんてできない。

 

なのでだいたいの旅のイメージをしながら、長い距離の移動の時などは少し多めに移動日を設けて企画した。

 

 

しかしいざやってみると、思いのほか余裕で間に合ったり、旅慣れしたことも相まって空き時間がわりと多く持てるようになった。

 

もちろんその空き時間にその都市の名所をまわったり曲をつくったりもするが、気が乗らない時、特に行きたい場所が朝からやっていない時などは朝早くからやっているドトールコーヒーに行くことが多い。

そこでモーニングやコーヒーでこころを整え、この日記やウェブの更新などをしたりする。

 

 

 

今朝もそうだった。

朝8時に宿泊先を発ったが用事があるのは11時。

宿泊先からそこまでは目と鼻の先の距離なので、かなり時間をもてあます。

そこで、いつものようにモーニングを食べにドトールコーヒーに入ったのだ。

 

 

モーニングはAセット、Bセット、Cセットの3種類。

トマトタマゴサンドのA、ウインナーホットドッグのB、蒸し鶏サンドのCというメニューだ。

僕はタマゴが好きなのでいつもAを注文する。

もちろん今朝もAセットをお願いした。

 

 

 

「お席に付いてお待ちくださいませ」

 

 

 

そうにこやかに言う店員さん。

 

とてもすてきな笑顔。

 

朝からすてきな笑顔で接してもらえると心地よく、今日も一日がんばろうという気持ちにしてもらえる。

 

朝からトクしたなぁ、なんて考えながら席についてタマゴくんの到着を待つ。

 

 

しばらくすると先ほどの店員さんが顔を曇らせやってきた。

 

 

「申しわけありません、ただいまトマトを切らしてしまいまして、違うメニューかトマトなしでもよろしければAも出来ますがいかがいたしましょう、、、」

 

 

先ほども言ったが僕はタマゴが好きだ、トマトなどあってもなくてもどちらでもいい。

快くトマトなしのAをお願いした。

 

トマトがなかったことよりも店員さんの顔が曇ってしまったことが残念で、

 

(…せっかくの笑顔を曇らせやがって、有れよ、トマト!…)

 

と、店員さんが謝罪していることとは違う憤りを感じていた。

 

 

 

しばらくして、違う店員さんがモノを運んできた。

 

 

「ご迷惑かけて申し訳ありません、お品物でございます」

 

 

きたきた、と思いながら食べようとしたその時、

 

 

様子がおかしい。

 

 

 

パンとパンの間に肌色のものが挟まっている。

おや?と思いながらよくよく見てみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒸し鶏。

 

 

 

 

 

 

 

タマゴはない。

 

 

 

 

僕はトマトなしのAセットをお願いしたはずだ。

 

 

いつの間にCセットにすり替わったのだ。

 

 

 

一瞬「これでいいか、、」という思いも浮かんだのだが、悩んだ結果間違っていることを伝えに行くことに。

 

きっと誰かが正さなければならないのだ、でないと仮に僕が食べ終わった時にお店の方が気付いたとしたら「先ほどのお客さま、、あぁ、、」と罪悪感に苛まれてしまうことになる。

きっとそちらの方が業が深い。

 

あの笑顔に深い罪悪感を味わわせないため、他のお客さんにこういった思いをさせないためにも、気まずいがここで店員さんに伝えておくべきだ。

 

 

 

「すみません、僕、Aセットをお願いしたんですが、、」

 

 

 

店員: 「ああ、申し訳ございません!重ねがさね本当にすみませんすぐにお持ちします!」

 

 

そう言い残し、また調理に取りかかった店員さん。

 

 

再び席に戻りタマゴの到着を待つ。

 

食べかかっていたこともあり、少しずつお腹が減ってきた。

 

 

 

しかしそれももう少しの辛抱、まもなくタマゴくんとコンニチハ、だ。

トマトは入っていないが、タマゴくんがいればそれでいいのだ。

 

 

 

だんだんとお腹が催促をはじめる。

今か今かと調理場の方に目をやる。

 

先ほどの待ち時間より少し長い。いや、お腹の減り具合でそう感じただけかもしれない。

 

 

 

しばらく経って、店員さんがこちらに向かって歩いてきた。

 

 

 

あの笑顔のすてきな店員さんだ。

 

 

白いナプキンに包まれたものを左手に持っている。

それはまるでヴェールを纏った高貴な食べ物にも見える。

一歩、また一歩と近づいてくる。

 

 

 

 

目の前まで来た店員さん、左手のものがついにヴェールを脱ぐ。

 

 

 

店員: 「お待たせしま、、」

 

 

 

突然店員さんの言葉がつまる。

 

 

 

次の瞬間

 

 

 

 

店員: 「もも、申し訳ございません!!!」

 

 

 

 

謝罪のことば。

 

 

 

先ほどの間違いをまだ気にして謝っているようだ。

 

 

僕: 「あーいえいえ、わざわざすみません」

 

 

 

なんて律儀な人なんだ。

そう思いながら左手に持っているものにちらりと目をやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホットドッグ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Bセット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫色の、変な空気が流れる。

 

 

今にも泣き出しそうな店員さん。

 

 

 

店員: 「すぐ!すぐ作りなおします!申しわけありません!!」

 

 

 

 

そう言ってまた調理場の方にホットドッグを連れて帰っていった。

 

 

 

たしかに感じる紫の空気、そしてなんとなくまとわりつく惨めさをリセットするべくお手洗いに。

 

 

 

 

(…また作り直させるのか、この鬼畜め!…)

 

 

 

(…いやいや、間違えたのは向こうだよ、何も悪くない…)

 

 

 

 

いろんな考えが渦巻く。

こんなにたくさんの思いで用を足すことになるとは思ってもみなかった。

しかし起こってしまったことは仕方のないこと、僕次第でこの空気はどうとでも変えられる。

 

 

すべて払拭するべく、僕は次に運んできたら満面の笑みで受け取ろうと誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お手洗いで。

 

 

 

 

 

 

 

お手洗いを出ると店員さんとかちあった。

店員さんの左手、そこにはたしかにタマゴが顔をのぞかせたサンドイッチ。

 

店員さんはやはり申し訳なくてやりきれないような顔をしている。

 

 

 

僕は先ほど誓った”トイレの約束”の通り

 

 

「わざわざありがとうございます、ああ、ここで受け取りますよ!」

 

 

と、自分ができる最大の笑顔で言いタマゴサンドを受け取った。

 

 

彼女もつられて少し顔がほころぶ。

 

 

店員: 「本当に、すみませんでした!」

 

 

照れたような、でも神妙な顔をしなければ、そんな表情で謝る店員さん。

 

 

 

なんだかうれしかった。

笑顔というものは人をこんなにもやさしくする。

この一件でまたすてきな思い出が増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな幸せな気持ちで席に戻る途中、蹴つまずきタマゴサンドを落としたのだった。

「モーニング」への2件のフィードバック

  1. にほん一周 漂泊のてびきツアー終了!ということで、大変お疲れ様でした✨日々、ツイッターなど読ませてもらってたんですが、ツアーを終えられ、なんだかちょっと淋しいわたしです。が、また次なるイベントも控えられてるみたいですし、ここからまた楽しい唄の日々は続いていくわけですね
    これからも、石川から応援してますね〰✨

    1. いつもご高覧いただきありがとうございます。
      一区切りですが、まだまだ走っていきます。歩いたり、よそ見したりしながら進んでいきます。
      これからも時々、気にしてやってくださいね!
      ありがとうございます。

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