世の中にはたくさんのこころがある。
イエスでもノーでもない曖昧なところ。
そこはグレーゾーンとも呼ばれたりする。
いや、もっと言えば「イエス」の中にも100%、50%、もちろん「ノー」の中にもおなじようにそれはあり、数えだしたらキリがない。
この世には対になっているものも多い。
S極とN極、生と死、光と影、そして男と女。
それらは両端の存在として世の中にある。
列車の車内。
出発時刻を待っていると向かいの長椅子に腰を下ろす人影が。
自分のうたの中に「♩向かいの美人のせいなのか〜」という歌詞があるため、なんとなく期待してしまう。
が、顔を見る勇気などもちろんない。
足元がちらりと見えた。
立派な毛が生えそろっている。
先ほどまでの淡い期待は音を立てて崩れさり、そこからの興味などもちろん皆無。
ヤマモト、通常運転で参ります。
ふと右上の路線図に目をやる。
自分の走っている路線や駅を確認。
終点まではあと4駅。
イヤホンからは「幸せな結末」が流れる。
視線を戻す途中、偶然その人と目が合った。
先ほどまでとは違う緊張が一気に身体をかけめぐる。
著しく違和感のある長い頭髪、青く剃り残しが残る口もとに塗られた紅とリップグロス、OLの制服にも似た衣をまとう初老のヒューマン。
「幸せな結末」どころではない。
先ほども話したが足には立派な毛がある。
解せぬ。
女性になりたいのなら話はかんたん。
仕草も女性らしいし、新しいハーフだ。
だがそれなら足の毛の処理忘れという初歩的なミスを犯すだろうか?
もしやスカートを穿いていることすら忘れているのか?
それならば彼(彼女)に今すぐ脳神経外科をお勧めしたい。
もはや先ほどまでとは違う興味がこんこんと湧いてきている。
( … 話し方さえ聞けたら … )
それさえ聞けばこれから彼(彼女)がどちらの路線でやっていくのかだいたいの察しがつく。
ただここは車内。
電話はNGだし、突然ひとりごとを言う可能性もきわめて低い。
世の中には解かれるべくしてある謎と、解かれるべきではない謎があると昔何かの書物に書いてあったのを思い出した。
なす術のないまま終点が近づく。
相変わらず彼(彼女)は目前で「恋のから騒ぎ」の前列のような座り方をしている。
一秒ごとに薄れゆく期待、増してく諦念。
終点に到着。
もう期待などは微塵もなく、その日の演奏のことに意識がいっていた。
先に降りる準備が整った彼(彼女)の後ろについて車両の降り口に向かう。
そのとき。
彼(彼女)が切符を落とした。
おや?
これは、、。
脳裏に未来のビジョンが浮かぶ。
( …これを拾って届けたならありがとうやすみません、何かしらの言葉が聞けるのではないか … ?)
そう、まさにこれは「幸せな結末」。
ジーザス、この謎は解かれるべくしてあったのだ。
切符を拾い上げ、小走りで駆け寄る。
「切符、落としましたよ」
彼(彼女)の瞳が驚く。
緊張がはしる。
きっと僕はいつもより瞬きが多かったことだろう。
次の瞬間、
渡した切符を握りしめ、彼(彼女)はゆっくり深くお辞儀をくれ去っていった。
ううん。
違うの。
しゃべってよ。
しゃべってよ。。
そう、この世には解かれるべくしてある謎と解かれるべきではない謎があるのだ。